ホーム > 卒業生の活躍 > 出版 > 辻本雅史氏(19期)の出版
(2022/05/04) 担当:長島 公子 (事務局、19期)
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(序章抜粋 冒頭・末尾)
「型の喪失」
評論家の唐木順三(一九〇四~一九八〇)は、明治二〇年前後の生まれを境にして、明治の知識人の間に明確な切断線を引く。それ以前の生まれの「明治第一世代」は、森鴎外、夏目漱石、幸田露伴、二葉亭四迷、内村鑑三、西田幾太郎、それに永井荷風もこの世代に入れて考えている。次の「明治第二世代」は、第一世代の門下生にあたる知識人たち。かれらは、大正六~七年(一九一七~一九一八)ころに「大正教養派」を形成する人たちである。漱石門下の阿部次郎(一八八三~一九五九)の『三太郎の日記』に見られる知識人類型こそ「教養派」の「見本」だという(『現代史への試みー型と個性と実存』)。ちなみに、『三太郎の日記』の「青田三太郎」は、多数の西洋古典の読破と内省的な思索を重ねて自己探求に努める若者である。同書は、教養主義者のバイブルとして、戦後も含めて、長らく学生の必読書とされてきた。
唐木の世代論の大きな特徴は、第一世代を、幼いころに「四書五経の素読」をうけた「素読世代」だと規定することである。四書五経とは、儒学の主要な古典すなわち「経書」のことで、四書は『大学』『中庸』『論語』『孟子』、五経は、『易経』『詩経』『書経(尚書)』『春秋』『礼記』をさす。本書でたびたび登場することになるので、記憶にとどめておいていただきたい。
さて、唐木は、かれら第一世代には、天下国家を論じる「経世済民と修業への意思が根本に」あり、何よりも「形式と型と規範」が保持されていたことを強調してやまない。それに対して第二世代の教養派にとっての「教養」とは、儒教的な「修養」に対置した概念であったとする。かれらは、「型にはまった形式主義」をきらい、それに代わって「自らの内面的な中心」としての「個性」を拠り所に、古典的な書物を通じて自分自身が何者であるのか、見きわめていこうとする。このように教養派を、読書と個性の重視をもって特徴づける。
こうした理解を前提に、唐木は、教養派知識人たちは思想的に脆弱であったという。とりわけかれらは、おのれの個性や価値をいかに社会(国家や政治、経済、民族等)のうちに活かすのか、といった世俗的観点を軽蔑もしくは軽視した。おのれの内面に閉じた「個性」に依拠する点に教養派世代の弱さを見てとり、芥川龍之介の自殺にその典型例をみいだす。そして、教養派のこの脆弱さの根本に「型の喪失」があったと唐木はいう。とすれば、唐木のいう「型」とは何か、それが次の重要な問題となってくる。
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かのマクルーハン・テーゼ、「メディアはメッセージである」とは、伝達メディアと伝達される知とが相互を規定する関係にあることを意味している。近代学校が、国民に知を伝達する国家の手段であるとすれば、学校自体が壮大な〈知の伝達メディア〉に見えてくる。本書は、学校という近代日本のメディアを意識の片隅におきつつ、江戸の思想とそのメディアの多様な姿を追ってみる。その結果、江戸思想史の新たな風景が見えてくるだろう。あわせて、私たち自身の知の現在と、そしてこれからを展望する論点も探ってみたい。それが本書に込めた私の意図である。
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1949年/愛媛県生まれ
1968年/愛媛県立松山北高等学校卒業
1969年/京都大学入学
1978年/京都大学大学院教育学研究科博士課程退学
文学博士(大阪大学)
京都大学、国立台湾大学、中部大学の各教授を歴任
現在―中部大学フェロー、京都大学名誉教授、中部大学名誉教授
画像:「KUMON」より
専攻―日本思想史、教育史
著書ー『近世教育思想史の研究―日本における「公教育」思想の源流』(思文閣出版)
『「学び」の復権―模倣と習熟』(角川書店、岩波現代文庫・改版)
『日本徳川時代的教育思想與媒体』(台湾大学出版中心、中国語)
『教育を「江戸」から考える―学び・身体・メディア」(日本放送出版協会)
『思想と教育のメディア史―近世日本の知の伝達』(ぺりかん社)
『新体系日本史16 教育社会史』(共著)(山川出版社)
『江戸の学びと思想家たち』(岩波新書)
ほか
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